こんにちは、ひろです。
先週、約3年ぶりくらいに関東圏を離れて、大阪に行ってきました。
もともと、旅好きだった僕がこんなに長い期間、じっとしていたのが不思議なくらい。
理由は、コロナ禍だったから、
というわけではなくて、、、、
実家の引っ越しや、両親の介護、両親の病院への入退院が繰り返し発生していて、正直、それどころではなかったんです。
僕が直接両親の介護をしていたわけではないのですが、父が「とても変わった人(笑)」なので、いろいろな場面で手を焼いてしまっていた、という状況でした。
今は、ある程度落ち着いたので、関東圏を出られたというわけですが。
さて、今回の記事は、役割に縛られて正解探しをしてしまうことについてです。
最近、ある人と会話していて、気づいたことがあります。
それは、僕は何かの役割を持つとき、その役割の「あるべき姿」に囚われて正解探しをしているんだなぁ、と。
人って、「親」、「子ども」、「先生」、「上司」、「部下」とか、何かしら役割を持って生きていると思います。
その役割を果たそうとするとき、その役割には、正解がないことが多い気がします。
にも関わらず、正解を探そうとしてしまうことって多くないですかね?
さて、ここで僕が考える「正解探し」というのは、自分のすることが合っているのか、間違っているのか、自信がない状況を指しています。
で、こういうときに何が起こるかというと、「周りの顔色を伺う」、「不安になる」傾向が出る。
正解のないことに対して、右往左往してしまう自分が出てきます。
右往左往してしまう自分って、みっともなくて、カッコ悪い、「どうして自分は、こうなんだ?」と自分を責めるきっかけにもなってしまったりする。
そんなことないですかね?
でも、僕は、こういうとき、視点を変えることができるんじゃないかな、と思うんです。
その視点とは、
- 自分が正解を作ること
- 自分が決めたこと・選択したことを、正解にしていくこと
だと考えます。
「自分が決める」って怖いなぁ、と感じませんか?
なぜなら、自分の決めたことは、自分が正解にできるように行動して、自分が責任を取る必要が出てくるから。
でも、逆に、誰かが決めたことをすることは、自分が自由に生きることの制限にも繋がります。
どちらを選ぶかは自分次第かと思いますが、自分が正解を創り出していくほうが、自分と繋がって、自分の人生をいきやすくなるのではないかな、と思う次第です。
今回の記事が何かしら皆さんの参考になれば幸いです。
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